※こちらは寄稿作品です。台本作者はきく先生です。
向こう岸に見た景色/きく
向こう岸で君は笑って手を振っている。
風が吹くたび、その姿が花吹雪にかき消されてしまうようで、少し不安になる。
私と君を阻む目の前の浅い川。
難なく渡って行けそうなのに、足を踏み出すのが怖い。
対岸の君は、春の真ん中に居る。私の周りは枯れ木に雪が積もっている。
そちら側に行きたい。けれど、行ったら私はきっと現実に帰れなくなる。
何となくだが、そう直感したのだ。
あの世とこの世を別つ神社の鳥居のように、くぐったらその不思議な空間から戻れない。そう感じた。
「ねえ、どうして君はそちら側に居るの?」
問いかけても返事はなく、声が届いているかもわからなかった。
大きな桜の木の傍でそっと佇み、目が合うと手を振る。それを繰り返す。
無表情ではないが、その一連の動作をずっと見ていると、まるで人形か機械のようにも思えた。
私の知ってる君であることは間違いないんだろうけれど、違和感は拭えなかった。
お気に入りだと言っていた赤いカーディガン、そういえばよく着ていたね。
淡いピンクの花弁と、主張の強い赤い服。背景の濃い緑がまるでアニメーションのように見える。
切り取って一枚の写真にしたいくらい、色づいている向こう岸。
色がないこちら側には、何の魅力も感じなかった。だから、行きたいんだ。
川を渡って君の隣へ行きたいんだ。けれど身体が思うように動かない。
見えない糸に絡まって、うまく身動きが取れない。そんな表現が正しい。
何故か急に寂しさを感じた。ずっとここには居られない。これは夢で、目が覚めたら二度とこの光景は見られない。
私はきっと君がいる向こう岸には行けない。どんどん現実の記憶が蘇る。
ああ、そうだった。亡くしたモノ全てがここに在る。だからこんなにも美しく見えるんだ。
煙って暗く見えるこちら側は、喪失感を抱いた私の心そのものなんだと気付く。
だとすれば、君はいま何の苦痛もなく、幸せで居るのだろう。
良かった、長い道のりだったね。ようやく重い鎖から解放されたんだね。
ずいぶんと長い間、そんな笑顔を見ていなかった。そうやってずっと笑顔の君で生きていて欲しい。
私はだんだんと重くなる瞼に耐え切れず、瞳を閉じた。目覚めた時にはきっと、無機質な部屋に一人で居るのだろう。
それでもいつか必ず私もそちら側に行くよ。それまでどうか、待っていて欲しい。
色鮮やかな世界で二人、手を取り合って笑える日まで。