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朗読台本

【朗読台本】向こう岸に見た景色【5分】

作者:きく twitter

リンク:湯守のいる宿

※こちらは寄稿作品です。台本作者はきく先生です。

向こう岸に見た景色/きく

向こう岸で君は笑って手を振っている。

風が吹くたび、その姿が花吹雪にかき消されてしまうようで、少し不安になる。

私と君を阻む目の前の浅い川。

難なく渡って行けそうなのに、足を踏み出すのが怖い。

対岸の君は、春の真ん中に居る。私の周りは枯れ木に雪が積もっている。

そちら側に行きたい。けれど、行ったら私はきっと現実に帰れなくなる。

何となくだが、そう直感したのだ。

あの世とこの世を別つ神社の鳥居のように、くぐったらその不思議な空間から戻れない。そう感じた。

「ねえ、どうして君はそちら側に居るの?」

問いかけても返事はなく、声が届いているかもわからなかった。

大きな桜の木の傍でそっと佇み、目が合うと手を振る。それを繰り返す。

無表情ではないが、その一連の動作をずっと見ていると、まるで人形か機械のようにも思えた。

私の知ってる君であることは間違いないんだろうけれど、違和感は拭えなかった。

お気に入りだと言っていた赤いカーディガン、そういえばよく着ていたね。

淡いピンクの花弁と、主張の強い赤い服。背景の濃い緑がまるでアニメーションのように見える。

切り取って一枚の写真にしたいくらい、色づいている向こう岸。

色がないこちら側には、何の魅力も感じなかった。だから、行きたいんだ。

川を渡って君の隣へ行きたいんだ。けれど身体が思うように動かない。

見えない糸に絡まって、うまく身動きが取れない。そんな表現が正しい。

何故か急に寂しさを感じた。ずっとここには居られない。これは夢で、目が覚めたら二度とこの光景は見られない。

私はきっと君がいる向こう岸には行けない。どんどん現実の記憶が蘇る。

ああ、そうだった。亡くしたモノ全てがここに在る。だからこんなにも美しく見えるんだ。

煙って暗く見えるこちら側は、喪失感を抱いた私の心そのものなんだと気付く。

だとすれば、君はいま何の苦痛もなく、幸せで居るのだろう。

良かった、長い道のりだったね。ようやく重い鎖から解放されたんだね。

ずいぶんと長い間、そんな笑顔を見ていなかった。そうやってずっと笑顔の君で生きていて欲しい。

私はだんだんと重くなる瞼に耐え切れず、瞳を閉じた。目覚めた時にはきっと、無機質な部屋に一人で居るのだろう。

それでもいつか必ず私もそちら側に行くよ。それまでどうか、待っていて欲しい。

色鮮やかな世界で二人、手を取り合って笑える日まで。

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