※こちらは寄稿作品です。台本作者は井戸乃くらぽー先生です。
黒田くん/井戸乃くらぽー
SE:目覚まし時計の音
まただ。また、覚えのないアラーム。
それは、誰でも経験するようなことではなかっただろうか。思い起こせばとても小さな、事件とも言えない発端だった。
うちでは、時々ものが無くなっていることがある。特に貴重品とか、現金の類ではない。
ごく普通の、たとえばペンとか、スプーンとかだ。そして、永遠に消えてしまったということでもない。気づくと元の場所にちゃんと収まっているのだ。驚くことには、見慣れない他のものまで増えていることすらある。
ある日、またフォークが一本無くなった。これもいつの間にか増えていたものだが、増えると得した気分になるだけなので特に考えることはなかった。そしてまた消えたなら、それは「あるべきところ」に帰ったのだろう、と私は思うことにしていた。
「物品移動現象、っていうらしいよ」
「なにそれ」
黒田くんが怪訝そうな顔をする。
「ネットで調べてみたんだけどさ」
「戻ってくるから、泥棒じゃないんだ」
「原因は、いろいろだって。座敷童とか、心霊とか……」
「それ、信じてるの?」
「いや……。でも、深くは追求しないことにした」
「カメラとか仕掛けてみれば? 台所に」
言われてもしないのは怖がりだと黒田くんに揶揄われるのが嫌で、家に帰ってからペット用の小さなモニターカメラを注文してみた。
SE:目覚まし時計の音
数日後。また覚えがないアラームで目覚める。
台所の抽斗を開けると、前に消えた筈のフォークは戻っていた。しかも、見知らぬナイフを連れて。
「物品移動現象、っていうらしいよ」
「へえ」
宮下さんが眩しそうに笑う。
「ネットで調べてみたんだけどさ」
「よくある話なんだ」
「原因は、いろいろだって。座敷童とか、心霊的なものとか……」
「じゃあ、カメラとか仕掛けてみたらいいじゃない」
なんだろう、この会話。前にも言われた気がする。
カメラは、まだ仕掛けてないはずだ。
……いや、仕掛けたはずだ。誰かに揶揄われるのが嫌で……。
それは、今日一緒にいた人じゃなかった。この世界には、恐らく私の知っているその人はいないのだ。
家に帰ってからペット用の小さなモニターカメラを注文する。ネットの注文履歴には何も残っていない。
そのカメラに何が映るのか、既に興味はなかった。
このアラームをセットすれば、もう一度世界が変わるのだろうか。フォークが消えていた先の、「あるべきところ」に。
あの人がいるかもしれない世界に。
私は手の中の置き時計を見つめていた。