人ってさ、有ったものが無くなるときのほうが辛いんだよ。
支えるにしたって、重すぎた。でしょ?
人って若い時と年とってからで色々変わるよねーってのと、若い時にしんどいことあるとしんどいよねーって話。葵の後ろめたさと、翔太の辛さを乗り越えたいい男っぷり、演じていただけたら嬉しいです。
〇登場人物 1:1
葵(あおい):28歳女。東京一人暮らし。高校の頃翔太と付き合っていた。ばっくれるように翔太と別れた(逃げた)のでなんとも言えない後ろめたさを感じている。葵N(ナレーション)兼任。
水谷翔太:28歳男。秋田一人暮らし。18歳の時に母他界。父とはそれ以前に絶縁状況。
〇文字数 約4400文字
〇推定時間 15~20分
〇その他 0:⇒ト書き 訛りの都合上舞台を秋田にしましたが、訛り1か所だけなので、特に秋田にこだわる必要なしです。訛りやすい地域に変えていただいて問題ありません。
三十路な僕らは墓石を超えて/筆先ちひろ
0: 秋田県某パーティ会場にて高校の同窓会。
0: 翔太、葵、共にほろ酔い。
翔太:馬子にも衣裳……。
葵:はぁ?久しぶりに会って言うセリフがそれ?
翔太:痛って!叩くなって。嘘だよ、綺麗、綺麗!
葵M:高校の同窓会。そこで随分と懐かしい顔に再会した。
葵M:水谷翔太、まぁ世に言う元カレというやつで、ジャケットを纏ったその男は、穏やかに笑うようになっていた。
翔太:何年振り?
葵:二十一の時以来だから、うっそ、七年ぶり?どーりで翔太がおっさんになってるわけだ。
翔太:なるほど、葵もおばさんに……って2発目構えんなよ!
葵:グーでいくよ?
翔太:やめやめ、ごめんって! ほんとに綺麗になった。
葵:(ため息)。ちょっと酔ってる?
翔太:まぁ適度に。いつまで秋田にいるの?
葵:来週の火曜。
翔太:3日しかねーじゃん。
葵:ぼちぼち忙しいし。
翔太:ふーん……。東京のオフィスレディー(訛り)って感じだもんな。
葵:何それ、バカにしてる?
翔太:違くて。久しぶりに見たら綺麗になったってことだよ。
葵:馬子にも衣装って言ったくせに。
翔太:それは、ごめんって。ほんとに、綺麗になった。
葵:ありがと……。
翔太:ね、明日暇?
葵:別に何もないけど……。何?
翔太:母さんのさ、墓参り付き合ってよ。葵にも会いたがってるはずだから。
葵M:それを言われてしまうと断れなかった。
葵M:美代ちゃん……翔太のお母さんは私たちが十八のときに亡くなった。
葵M:もう十年も前の話。真っ青な空。じりじりと、空高く太陽が照り付けた夏の日。クーラーがやけに効いた病室で翔太が泣いていた。その光景が酷くアンバランスで、目に焼き付いている。
葵M:そこから翔太は少しずつ変わった。笑顔がぎこちなくなって、ごめんねを繰り返すようになり。
葵M:どう答えるのが正解だったのか、今でも分からない。当然当時の自分になんてもっと分からなくて、高校卒業と同時に東京の大学へ行き、支えきれない翔太の重みから逃げた。
翔太:明日昼過ぎに迎え行くから。
葵:あ、うん……。
葵M:立ち去る背を見てチリっと胸の奥が焼けた。
葵M:他の人を好きになることはできても、この人以上の人なんていなかった。自分から逃げておいて酷い話だ。
0: 翔太、葵、墓石の前。
葵:何話したの?
翔太:久しぶりーとか、そんな。葵は?
葵:まぁ私も元気ー? とか、そんな。
翔太:ふっ。(薄く笑う)
葵:え、何? 笑うとこあった?
翔太:いやさ、こんな墓石に向かって元気かーっておかしな話だよなって。
葵:まぁ……。でも、ほら、向こうで元気にしてますかってことで。
翔太:分かってるよ。俺も元気―? って聞いたし。
翔太:……もう生まれ変わって、ここに居ないかもしれないのにな。
葵:今頃どっか飛んでるかもね。
翔太:ん?
葵:美代ちゃん、次は鳥になりたいって言ってたから。
翔太:鳥ねぇ……。しっかし、懐かしいなその呼び方。
葵:美代ちゃん?
翔太:うん。
翔太:いつの間にか俺より仲良くなってたし。「美代ちゃん」なんて顔してねーのに。
葵:そんなこと言うとまた怒られるよー?
翔太:翔太! あんたいい加減にしなさい! って?
葵:おお似てる、さっすが親子。
翔太:そりゃどーも。
翔太:……あーぁ、なんか腹減ったわ。飯付き合ってよ。
葵:えー。
翔太:えーって……。
葵:私はいいけど、いいの?
翔太:何が?
葵:その……二人でご飯なんか行ったら怒る女の子とか、いるんじゃないの?
翔太:いたら墓参りに誘ってませーん。
葵:おっと、それは失礼致しました。「いい男」なので、女の子の一人や二人いるかと思ったのですが。
翔太:その「いい男」振ったのはどこのどいつだっつーの。
葵:あはは……誰だっけなー忘れちゃった。
翔太:……葵は、いいの?俺と飯食いに行って。
葵:いい人いたらどうすんの?
翔太:飯中止。
葵:おー紳士。
翔太:んで、どーなの?
葵:飯続行です。
翔太:そ。
葵:何がいいかなぁ、翔太のおごり?
翔太:んーじゃコンビニおにぎりな。
葵:やめてよー高校生じゃないんだから。
翔太:鮭のおにぎり買ってやるよ。ちょっと高級なやつ。
葵:せめてラーメン……。
翔太:うそうそ。いいよ、おごり。とりあえず車乗って。
0: 葵、翔太、車に乗る。
翔太:……お前さ、おばさん心配してんだから、もっと帰ってきてやれよ。
葵:仕事忙しいもん。
翔太:正月と盆くらい休みあんだろ。
葵:ないない。うちブラックだし。
翔太:……嘘つくならもっとまともな嘘つけっつーの。
葵:何?なんか言った?
翔太:別に。……そーいや敦、覚えてる?
葵:あー、あの冴えないボンボン。同窓会来てなかったよね?
翔太:海外出張だって。
葵:ほえー。なんかカッコイイね。言ってみたいわ、来週海外出張でさー、とか。
翔太:そうかー?俺は日本でいいわ。
葵:夢がないなぁ。んで、敦がどうしたの?
翔太:あいつの親父さんさ、去年亡くなったんだよ。
葵:そう、なんだ……。
翔太:自分の親っていつまでもピンピンしてそうな気がすんだろ?でも、そーじゃねーんだよ。流石に俺の母さんは早すぎたけど。
葵:……うん。
翔太:ちゃんと顔見せてやれよ。
葵:分かってる。でも、色々あるの、色々……。
翔太:はいはい……。
葵:うっわ、懐かしー。制服変わってないんだねー。ねぇJKだよJK!
翔太:おっさんかよ……。
葵:えー、いいじゃん。若い女の子は可愛いのだよ。あっ、男の子もいるー!夏のYシャツっていいよね。
翔太:中に黒とか赤のTシャツ着たり?
葵:いたいたー! 翔太赤のTシャツ着てたでしょ?
翔太:あー着てたわ。
葵:似合ってなかったなー。
翔太:はぁ?イケてただろ。
葵:もーね、そう思ってんのがヤバい。
翔太:やばいって何だよ。葵の減らず口は相変わらずな。
葵:懐かしいでしょ?
翔太:まーな。昔は自転車で、ニケツして。後ろから文句言われてさー。
葵:……なんかさ、翔太変わった?
翔太:そう? なんで?
葵:なんとなく、なんか笑い方っていうか、顔っていうか。なんか分かんないけど、そんな気がする。
翔太:まぁ葵に振られて七年だからなー。色々あったし、変わりもするよ。
葵:……ごめん。
翔太:ったく、せめてさ、別れたいなら別れたいって連絡くらいよこせよ。
翔太:東京で死んでんじゃねーかと思って心配して探したのにさ、聞いてた住所にもいねーし。
葵:うそ、東京来たの?
翔太:行ったよ。インターホン押したら知らねーおばさん出てくるし。まさか蒸発するなんて思ってもみなかった。
葵:ごめん……ほんと、ごめん。
翔太:まぁでも、しんどかったけど、今は葵が逃げてくれてよかったって思ってるよ。
翔太:あの頃の俺ってさ、親父も親父でとっくに縁切れてたし、そんで母さん死んで。葵に助けてー幸せにしてくれーって、すがってたでしょ。
葵:それは……。
翔太:逃げてくれなかったら、多分、二人してダメになってた。
翔太:母さんが死んだときさ、悲しかったけど少しほっとしたんだよ。あぁやっと終わったって。それに気付いたらすげぇ薄情な生き物に思えてきてさ。自分が許せなくて。
葵:そんなことないでしょ。毎日病院行ってたじゃん。
翔太:行って何してたと思う?
葵:何してたって……看病じゃん。
翔太:ちげーよ。ずーっと謝ってたの。母さんごめん、って。そればっか。
翔太:女手一つで育てて辛い思いばっかさせて、ごめんって。
翔太:毎日、毎日、謝った。その度に悲しい顔してて。
翔太:言うべきはさ……母さんが聞きたかったのは、ありがとうだったんだろうなって、今になって気付いてんだからさ。大バカだよ。
0:間
翔太:こっち帰ってくる度墓参りしてくれてたんだろ?
葵:なんで知ってんの……。
翔太:由香から聞いた。
葵:口止めしてたのに。
翔太:……ありがとな。母さんのことも、俺のことも気にかけてくれて。
翔太:なーんか俺らさ、仲間内でも触れちゃいけないモノみたいになってるじゃん。
葵:まぁ、腫れものみたいっていうか、なんていうか。
翔太:もういい加減にしろって言われてさ。
葵:なにそれ……。
翔太:今回さ、同窓会、由香にしつこく誘われただろ?
葵:ちょ、騙したの?確かに、翔太来ないって言うから来たのにいるし……。
翔太:いや、騙したわけじゃないけど。まぁちょっと協力というかなんというか。んで、墓参りって言えばお前断らないよなーって。
葵:ひど……。
翔太:ごめんって。母さんダシに使ったのは悪かったけど、それだけ俺の中で過去になったってことだよ。
翔太:……十年。
葵:……。
翔太:自分のこと許すのも、まともになるのも、母さん死んでから、十年かかった。
葵:……マザコン。
翔太:ばーか、男なんてみんなマザコンなの。
翔太:一人になっちゃって、あの頃の俺には辛くてさ。
翔太:人ってさ、有ったものが無くなるときのほうが辛いんだよ。
翔太:支えるにしたって、重すぎた。でしょ?
翔太:まぁ、俺ら色々あったけど、これからどうしたいって未来のこと考えたときにさ、葵の顔が浮かぶんだよね。……どう?
葵:どうって……。
翔太:割と大真面目に告白してるんですけど。
葵:それは分かるけど。
翔太:今はさ、もう自分の足で立ってるから。葵がおばさんと上手くいってないのとか、なんかしんどい事とかそういうのも聞いてあげられるし。
翔太:幸せにしてくれーじゃなくてさ、一緒に幸せになろーって。思うんだけど。
葵:……ばかじゃん。逃げ出したの私の方なのに。
翔太:逃がした魚は大きいって言うじゃん。
葵:……ほんとばか。
翔太:まぁバカはお互い様ってことで。
翔太:人って変われるんだよ。俺も変わったし、葵も多分変わっただろ?
翔太:だから、もっかい一からやり直してみない?
葵:私、美代ちゃんのことずっと恨んでたんだよ? 生きてたころも、死んでからも、翔太の事ずっと縛って。
葵:お墓参りだって、もう自由にしてやってくれって、そんな勝手なお願いして……。
翔太:それはなんとなく分かってたよ。
翔太:そういうさ、許せない自分みたいなのもさ、二人で抱えてこうよって言ってるつもりなんだけど。
葵:ばか。なんなの。自分だけいい男になりやがって……。
翔太:いい男になるのに十年かかったけどなー。
葵:遅いんだばか!
翔太:逃げたくせによく言う!
葵:それは……翔太のせいだばか。
翔太:はいはい、もう俺のせいでいいですよ。なんせいい男なんで。
葵:……ほんと、何やってんだろうね私。大バカだ。
翔太:だから、さっきも言ったけどバカはお互い様ってことで。つーかお前すーぐばかばか言うとこは変わってねーのな。
葵:うっさい、ばか。
0:間
葵M:西日に照らされた翔太の横顔は、今までで一番穏やかだった。
葵M:逃げたくせに、それでいて、ずっとずっとこの人の幸せを願っていた。
葵M:別れて七年。お互い三十手前。
葵M:そんな二人がよりを戻すなど、ほんと、どうしようもなくバカで、笑ってしまう。
0:間
翔太:馬子にも衣裳……。
葵:はぁ?花嫁に向かって言うセリフがそれ?
翔太:痛って!叩くなって。嘘だよ、すっげー綺麗。
葵M:私が水谷葵になって、同級生からお前らほんとバカだなって笑われる。それは、もう少し先のお話。