作者:多希 蓉(たき よう)
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※こちらは寄稿作品です。台本作者は多希 蓉先生です。
涙の糸/多希 蓉
むかし、ある南の島に美しい祝女(ノロ)がいました。
その娘は唄も舞も一際秀でており、
島の人々から、将来島一番の巫女(ユタ)になるだろうと言われていました。
ある時、嵐が島を襲い、何日も暴風雨が吹き荒れました。
森の木々が倒れ、畑の作物は腐り、人々は困窮しました。
娘を快く思わぬユタの一人が神のお告げだと伝えました。
「見目麗しい娘を海の神に捧げよ。すれば、天晴れん」
人々は泣く泣くその娘を神に捧げることにしました。
新月の夜、命を捧げるため、娘は石の浜に一人向かいました。
黒い波は、小石だらけの浜をガラガラと攻め立て、
空は、青黒い雲が分厚く覆い、
風は、ひゅうひゅう唸り声を上げていました。
人々は恐怖のあまり、家の中で震えるばかりでした。
つま先が海に触れた時、娘は天に届けと唄い始めました。
顔に水しぶきがかかるのにも怯まず、
長い髪が風に取り込まれても怯まず、
その声は高く通り、あたりに響き渡りました。
それは、泣いているようで、祈っているようで、聞く者の心に響きました。
すると、動物たちが石の浜に集まってきました。
海の魚たちも娘の足元に近づいてきました。
足を進めるごとに唄は悲しさを増し、強くなっていきました。
その唄に涙を流さぬ者はいませんでした。
その涙は一つの粒となり、一つの光となり、一筋の糸となりました。
それは天まで届き、青黒い雲を鋭い煌めきで引き裂きました。
穏やかになった天から神がその浜を覗きました。
そして、海中に倒れている娘の骸に気づきました。
神は娘を哀れに思い、大きな岩の姿に変えました。
それ以来、その浜はたとえ大嵐でも岩のおかげで穏やかなのだそうです。