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朗読台本

【朗読台本】三月十一日【5分】

こちらを書いた同日に大きな地震がありました。皆さま大丈夫でしょうか。何かできるわけではありませんが、どうかお気を付けください。

三月十一日/筆先ちひろ

どこに逃げ場があったのか。

想像もできまい。何もないのだ。
昨日、牛乳を買ったあのスーパーも。
弟の誕生日を祝った、あの肉屋も。
なにも、なにひとつ。

要領のまるで悪い、
あのコンビニの店員はどうなっただろうか。
知る術すら、何も、なにひとつ、ない。

悲しいから涙が流れるのか。
苦しいから涙が流れるのか。
辛いから涙が流れるのか。
どれも違う。

悲しいなどではとても足りず。
苦しいなどではとても足りず。
辛いなどではとても足りず。
その光景を、その感情を、表す言葉が、
どこにも存在しないのだ。

車のクラクションが主人を呼ぶように、
甲高く鳴った。
メキメキと、流された家が軋んだ。

タールのように真っ黒な水が、
顔色も変えずに、轟々と、
何もかもを押し潰し、
そして何もかもを飲み込んでいった。

大人の嗚咽が聞こえた。
サイレンがずっと、ずっと、
ずっとずっと、今もまだ鳴っている。

早く、早くと誰かが叫んでいる。
通り一つ先で、人が飲まれていった。

なんだろうかこれは。
なんだろうかこれは。

なんだろうか、これは。

朝、喧嘩をしてしまった。
憎まれ口を聞いた。
朝、おはようを言いそびれてしまった。
ただいまと言うつもりだった。

朝、そっと髪を撫でただけだった。
不機嫌になるのも構わずに、
起こしてその声を、聞けば良かった。

もういいよとその手を離した。
逃げるには、重荷だろうと。笑ってやった。
きっともうだめねと、強く手を握った。
もっともっと話をすればよかった。

タールのように真っ黒い水が、
押しては引き。押しては引き。
まだ足りないと、これでもかと、
何もかもを飲み込んだ。

想像もできまい。
十年が過ぎた今、大人になった今、
それでも尚、「あの時」を表す言葉が
私というものの中に存在しないのだから。

想像なんて出来るはずもないのだ。
耳の奥にこびり付いたサイレンと、
轟々唸る水音と。
心臓のあたりがぎゅうぎゅうと息苦しく、
ただその光景に涙を流す「あの時」を表す言葉が、
存在しないのだ。

忘れていく。
この気持ちも、薄っすら、薄っすらと。

瓦礫が撫でられ、平らになり
文字通り更地となり。
春になればそこに緑が茂った。

どうしようもないからと
泣きながら酒を飲んだあの寒空の日。
あれから十年。

また春がやってくる。

子供の手を少し強く、握って欲しい。
できることならば、今抱きしめて欲しい。

行ってらっしゃいと、笑いかけて欲しい。
できることならば、愛していると伝えて欲しい。

元気にしてるかと、連絡をとって欲しい。
できることならば、電話で声を聞かせて欲しい。

明日も同じとは限らないのだから。

 

十年が経とうとしています。故郷陸前高田が一瞬にして壊滅しました。朗読する際は、どうか大事に読んでいただければ幸いです。父が言った、原爆が落ちたようだという言葉が忘れられません。当時中学生だった妹は、もう大人になりました。体育館には故人が並べられ、卒業式もできませんでした。家族に、友人に、大切な人に、言葉が届けられるうちに、届けてください。ありがとうもごめんねも、届けられなくなる日が来ます。それは突然かもしれないし、突然ではないかもしれない。今ある当たり前を、どうか大事にしてください。

筆先ちひろ

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