嗤(わら)ったり、叫んだりを文字に起こしてないので、お好きなテイストで表現してください。
朗読として読んでいただいても構いません。
皆が優しい、良い田舎/筆先ちひろ
私の人生は、なかなかに良いものでした。
愛情深い両親、よく笑う兄、愛らしい妹。恵まれていたのでしょう。
大きな国道が一本、その両端に並ぶ田畑。山を貫くトンネル。
皆が優しい、良い田舎。
畳の広間に机を並べ、料理を並べ、酒を並べ。
わいわいと、楽しく食らっている、良い田舎。
ある朝目が覚めると、爪の先が腐っていました。
あぁ、これはきっと昨日吐いた嘘のせいでしょう。
バチン。
腐った爪先は切り捨てましょう。
綺麗な私を保つため。
翌朝目を覚ますと、脚が腐っていました。
あぁ、これもきっと昨日吐いた嘘のせいでしょう。
ぎりり、ぎりり。
腐った脚は切り捨てましょう。
綺麗な私を保つため。
明日目が覚めれば、きっと、頭が腐っていることでしょう。
ぎりり、ぎりり。
腐った頭は切り捨てましょう。
綺麗な私を保つため。
からり、からり。
綺麗な私を見て、あぁ美しい、なんと美しいと、頭が嗤(わら)う。
私の人生は、なかなかに良いものでした。
愛情深い両親、よく笑う兄、愛らしい妹。恵まれていたのでしょう。
しかし私は、それらが悍(おぞ)ましかった。
大きな国道が一本、その両端に並ぶ田畑。山を貫くトンネル。
みなが優しい、良い田舎。
しかし私は、それらが気持ち悪かった。
畳の広間に机を並べ、料理を並べ、酒を並べ。
わいわいと、楽しく食らっている、良い田舎。
目は月のようになり、口は裂けたように上がり。
転がった頭が奏でる嗤い声に、景色が揺れる。
あぁ、ところで私は何処にあるのだったか。
そこでカラカラと嗤っている頭は、私の頭だっただろうか。
今歩いているこの脚は、私の脚だっただろうか。
私の人生は、なかなかに寂(さび)れたものでした。
愛情深く鬱陶しい両親、よく嗤う気味の悪い兄、憎らしい妹。
ぎりり、ぎりり。
私は、それらが悍(おぞ)ましかった。
大きな国道が一本、その両端に並ぶ田畑。山を貫くトンネル。
皆が卑(いや)しい、良い田舎。
ぎりり、ぎりり。
私は、それらが気持ち悪かった。
畳の広間に爪を並べ、脚を並べ、頭を並べ。
カラカラと、どうぞ語らえ、良い田舎。
ぎりり、ぎりり。
田舎の国道一本道。
ぎりり、ぎりり。
叫びも聞こえぬ田畑が並ぶ。
ぎりり、ぎりり。
皆が優しい、良い田舎。